一昨日、相続物件の決済が終了いたしました。

なにせ、ここのところ、本業競売の落札率はサッパリ。

ホッとしています。




今回の相続物件売却依頼者のNさんは、都内、大地主の長女に生まれました。

若い頃はわがままいっぱいだった、とは本人の弁。

(「今は違います。こちらが恐縮する程、低姿勢、謙虚です。」)

現在70歳。とても小柄なオバアチャマ。

お辞儀の姿の美しさには、誰もが息を呑みます。

育ちの良さが滲みでます。


競売とは関係ありませんが、これから数回、Nさんの人生の一部分をお話したいと思います。

お付き合い頂ければ幸いです。

結構、私は感動してしまいました。



第2次大戦の戦時中。

と言っても、若い方にはピンと来ないでしょう。

日本全国に食べ物がなく、皆が飢えていた約60年前。

食べ物は、生産者の農家にしかありません。

高価な着物を持参して、米、野菜との交換を懇願するのは、全国共通のスタイル。

それでも、必ず食料が手にはいるとは限らない時代。


Nさんの所にも、沢山の人がきました。


その人達に、お父さんはこう言っていました。

・・・・・


米は持っていきな。

野菜は畑で取って持ってっていいよ。

でも腐るから数日分にしておきな、又、取りにおいで。

着物や物は一切要らない。

ただ、畑の草取りだけはしてくれよ。



・・・・・


Nさんには、いつも言っていました。

「着物なんか貰ったら、怨念を貰うようなものだ。

 そういう事はしてはいけない。」


・・・・・


沢山の人が列をなして畑の草取リに来たそうです。


だから、彼女の家は、市場に出す(=儲けのでる)野菜はありませんでした。

家族が食べる野菜は、全くのクズ(?)野菜。



戦後暫くして、お父さんは担がれて政界進出。


「石原(都知事)さんはよく遊びに来てましたよ。」


・・・・・


神様は、そんなお嬢様に、凄い(本人の印象ではとても素晴らしい)環境を見せてくれます。


それは、次回で。

・・・・・


会員制について

姉妹編HP